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タイトル 猫の手は借りられますか〜図書館肉球譚〜

第22回 私の職場でフィールドワークしませんか?

自分の職場が「野外調査」の場になるとしたら、あなたはげんなりしますか?それともわくわくしますか?

挿絵
※挿絵はクリックで拡大します。

今でこそ、図書館づくりや司書育てを手伝うフリー・ライブラリアンとして働く私ですが、十数年前までは静岡市の図書館に勤める公務員でした。愛知県田原市の図書館長が公募されることになり、転機にしようと手を挙げたら意外にもすんなり採用が決まりました。そこで、最初にしたことの一つが若手研究者へのタイトルどおりのお誘い(?)だったのです。数年前に知り合った図書館情報学の研究者と、東京駅近くの喫茶店でこの不躾なお願いについて話し込んだのをよく覚えています。

「私は館長になるから自分の責任でいろんな実験ができるし、試行錯誤から何か生みだすことだって夢じゃありません。その一部始終をあなたに研究してほしいんです。研究者のフィードバックをもらって、現場で活かす、そんな循環をつくりたいと思います。館長日誌を毎日つけるので、そのテキストデータも全部お渡しします。」

快諾いただいてから数年後、その研究者と社会人の大学院生が、始まったばかりの行政支援サービスや議会連携サービスを取材するため、繰り返し田原市を訪れることになりました。図書館職員へのインタビューは格好の内省の機会となったし、職員や市民を対象にした中間報告会やその後の懇親会での対話も、研究側と現場側の双方にとって刺激に満ちたものでした。

その研究成果はJ-STAGE( 科学技術情報発信・流通総合システム)で公表されています(注)。しかし、コミュニティに密着した公共図書館が、研究者とこのように出会い、交流したことまでは描かれていません。昨年11月に刊行された『スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー日本語版』第3号は「科学技術とインクルージョン」という特集で、「コミュニティ主導型科学」や「シビックサイエンス」といった、科学と社会の関係の変化を示唆する言葉が目次に並んでいます。あの経験もそんな変わり目の、小さいけれど大切な一コマだったと思い、書き留めておく次第です。

館長日誌のデータはどうなったかって?田原市にいた9年分、すべてお渡ししました。どんな研究に使われ、どんな風に現場に活かされるのか楽しみでなりません。

数ある公共施設の中でもとりわけ多様な人々が利用するまちの図書館は、図書館情報学に限らず、さまざまな分野の研究者にとって魅力的なフィールドです。こちらから、近くの大学の面白そうな研究室とアクセスしてみてはいかがですか?そして、自分の職場を「野外調査」のフィールドにする機会があったら、研究者や利用者と一緒にわくわくするプロセスに挑戦することをおすすめします。お試しあれ。

(注) 德安 由希, 小泉 公乃「 公共図書館における行政支援サービスの構築と発展:田原市図書館の事例」https://www.jstage.jst.go.jp/article/jslis/68/2/68_95/_article/-char/ja

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