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タイトル 猫の手は借りられますか〜図書館肉球譚〜

第3回 好奇心は司書を殺すか?

 「好奇心が猫を殺した」(Curiosity killed the cat.)という英語のことわざがあります。でも、猫の仲間(と私が主張している)とはいえ、司書の寿命が好奇心のせいで縮まることはないはず。むしろ、好奇心を押し殺してしまうことをこそ警戒しましょう。

 この時期、「私は図書館に就職してよかったのか?」と苦悩する新人や「昨年度一杯で退職すればよかった」と後悔する倦怠期(?)のベテラン司書がけっこういらっしゃるのではないでしょうか。そんな方々にこそ、好奇心に火をつける図書館というシカケを使いこなしていただきたいものです。

 図書館は、実に奇妙なしくみです。蔵書を独り占めすることも、飲食・性・睡眠の三欲を満たすこともできないのに、多くの人が足繁く通うわけですから。何がこんなことを可能にしているのかと問われれば、それは人間の好奇心である、と答えましょう。図書館ほど人の知的探究心と野次馬根性を刺激し、かつ満たしてくれる装置はありません。百科事典から芸能週刊誌まで、人類が森羅万象について好奇心丸出しで追究した成果が図書館という小さな器に頭出しされ、案内猫までついているのですから当然といえば当然です。

 知的倦怠期に陥った司書に何を措いてもお勧めしたいのは、毎週、日本十進分類法の0類(総記)から9類(文学)まで1冊ずつ、合計10冊を借りて拾い読みすることです。図書館用語ではブラウジング。未知の数式から難解な詩文まで、好奇心を刺激するバイブレーションが網膜を通してあなたの脳を気持ちよく揉みほぐしてくれるはずです。

 図書館のコレクションのために資料を選ぶことを「選書」といいます。数ある図書館の仕事の中でも私が特に打ち込んだのは、この選書でした。研修の講師を務めることもよくあります。講義の中で受講者に必ずお勧めするのが、定期的に書店に出かけてすべての書棚をなめるように眺め、ときどき本を手に取ってみること。先のブラウジングの応用編ですが、余裕が出てきたらぜひ。知の世界を浅く広く渉猟し、たまに深掘りすることは、選書はもちろん調査相談(レファレンス)にも、さらには自分が世知辛い世間を渡っていくためにも役に立つと断言します。

挿絵1
※挿絵はクリックで拡大します。

 もうひとつお勧めしたいのは、図書館内の生態観察です。図書館で働く人、利用する人、場合によっては犬や猫やゴキブリだって対象です。そうそう、前の勤め先の床はカニが這い回り、深夜にはコウモリが棚の間を飛び交っていましたっけ。私はこのコウモリのおかげで新たなサービスを開発することになりましたが、その話はまたいつか。

 生態観察は特に新人に勧めたいけど、もちろんベテランにも有用です。利用者になったつもりで、あるいは実際に利用者になって観察するのもいいですね。一切の先入観を捨て、動物学者か人類学者になったつもりで臨めば、思いがけない発見があるはずですよ。

 好奇心さえ保ち続けることができれば、司書という種族は殺されたって100万回でも生き返ることができるのです。お試しあれ。

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