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タイトル 本の風

第62回 「ペダルの記憶」

 初夏には自転車が似合うと思う。ほとんど乗らないのに捨てられず大切にしているオレンジ色のマウンテンバイク。一年に一回くらい、いそいそと引っ張り出してみるのは決まってこの季節。もちろん散歩するにも最高の季節だけど、もう少し遠くへ行くには自転車がとてもいい。自転車を漕ぐ速度で感じる風は心地よく、車では気づかなかった景色に目をとめて気分爽快な時間。ちょっと考え事もできるライドタイム。いいねいいねと想像するが、とはいえ、年々腰が重く面倒くささが勝る。今年こそ、もっと乗ってあげよう。

 自転車に乗れるようになったのは小学校に上がるよりも前。仕事から帰った父に後ろの荷台を押さえてもらって練習した。家の向かいの空き地は絶好の練習場所で、何度か転んでは擦り傷を増やし、その傷がカサブタになっては剥がし、グズグズと触っているうちに、なんだか乗れるようになっていた。小さな私にとっては、自転車に乗れるようになって行動範囲は無限に思うほど広がり、どこにでも行ける!と思っていた。

 普段は近所を爆走し、休みの日にはもっと遠くへと自転車を走らせていた小学生のころ。当時通っていた小学校の学区内で最も遠いところから通ってきている同級生の住む集落には滝があるという。滝というものを見たことがなかった私は、なんとかして行ってみたいと思い、自転車なら楽勝と思ったのだろう、友人に声をかけて行ってみることにした。大きな川にかかる橋を渡り、上り下りと山をひとつ越えて、自転車を漕ぎ続けた。上り坂は本当にきつくて立ち漕ぎしたり、下り坂ではものすごいスピードが出て恐ろしいほど。友人たちとキャーキャーいいながら励まし合って、たどり着いた先に見た滝は幼心に感動ものだった。今、調べてみると、自宅から滝までの距離は約10キロ。よくまあ無事に帰ってこれたものである。

 『ティッチ』(パット・ハッチンス/さく・え、いしいももこ/やく、福音館書店、1975)は三人姉弟のお話。ティッチのお兄ちゃんのピートはとてもおおきな自転車を持っていて、お姉ちゃんのメアリもおおきな自転車を持っている。でもティッチが持っているのはちいさな三輪車。ピートが持っていたのは大きな太鼓、メアリが持っていたのはラッパ、でもティッチが持っていたのは小さな木の笛。こんなふうに三人の中で一番小さなティッチが持っているのは、いつも一番小さなもの。でも、ティッチが持っていた一番小さなものが最後には大きなものに大変身!
 坂の上で自転車を漕いでいるピートとメアリを追いかけて、坂の下で三輪車を漕ぐティッチ。一生懸命なティッチを見守るふたり。このページが大好き。末っ子の気持ちが優しく描かれたロングセラーの絵本です。

 一度乗れるようになると、長く乗っていなくても自転車に乗れる不思議。交通ルールも時代に合わせて変わっている。久しぶりに自転車に乗ってみる前に自分の体力と情報のアップデートが必要だ。(石)

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