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タイトル 本の風

第52回 「一枚の写真」

 夏がそこまできている。四季という四つの季節はどこへやら、一年が夏と冬のふたつになっている気がするのは私だけではあるまい。そんな気温の変化にも動じず、目に入る様々な花は季節の移ろいを届けてくれる。ほんの数か月前に桜の花を愛でたと思ったら、ツツジが咲き、フジ、アヤメと続き、夏の象徴のような花、ヒマワリが陽に向かってすっくと伸びている。

 この季節になると思い出す一枚の写真。ヒマワリの柄のワンピースを着てニカッと笑うショートカットの女児。数少ない幼いころの私の写真。ワンピースから伸びる日に焼けた腕や足、自転車に乗って遊んだ幼馴染の女の子の家の庭、雑草を踏みつけるそばから立ち上る乾いた土の匂い。ワンピースは母の手作りだった。その写真から湧き上がる記憶は、幸せだったとかで表す気持ちよりは、そこに日常があって、毎日を過ごしていたということ。それを幸せといえばそうなのだけども。

 先月の旅のお供にした一冊『取り戻す旅』(藤本智士/著、りす、2024.5)。著者の藤本さんは雑誌『Re:S(りす)』や秋田のフリーマガジン『のんびり』などの編集者。今は刊行されていないが、どちらの雑誌も行き当たりばったりの旅をしながら地域の魅力を発見し、引き出している。その他にも日本全国を旅して編集執筆を手がけた書籍が多数あって、WEBでの発信もチェックしている大好きな方である。この『取り戻す旅』は藤本さんの個人的な旅の記録、と書かれていた。藤本さんが「取り戻す」という旅はどんなものか、ワクワクしてページをめくった。
 青森県内を五所川原市から青森市、五戸町、八戸市、さらに岩手県盛岡市と移動する道中。
 その中で写真のことに触れている部分があった。東日本大震災のときに津波に飲まれて泥だらけになった写真を洗浄するボランティアを取材していた藤本さん。洗浄済みの写真を持ち主に返すための会場で、男性が自分が写った写真をみつけて「これ、俺なの。これがじいちゃん。ははは、良かったよ。こんなこともあるのね。」と喜ぶ言葉を紹介していた。そして「人は、自分が行動した証、この世に生きた証を残しておきたいと願う生き物だ」と言っている。デジカメやスマホの普及で写真をプリントすることが極端に減ってしまったためか、近年の写真はほとんどなかったという。けれども、先の男性のように一枚の写真から生きた証を取り戻した人は大勢いるはずで、データではなく「モノ」としてあることの意味を藤本さんは書いていた。
 夏が近づくと思い出されるヒマワリ柄のワンピース姿の写真。それは間違いなく私がここに居たのだという確認の思いなのだなと、藤本さんの言葉が心に落ちた。

 旅の中での思いがけない出会いが繋がり、その繋がりを一冊の本にまとめることで、その一冊がもたらす新しい出会いやコミュニケーションを取り戻したいと締めくくられた『取り戻す旅』。
 数々の著者や編集者によって綴られた膨大な本がならぶ図書館。そこで働く私が、本を介して新しい出会いやコミュニケーションを手渡せる人になれたらいいなと思ったけど、それは強欲なのか。なにはともあれ、本は素敵だ。(石)

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