歯が弱い。毎年どこかの歯が虫歯になっている。先日、食事中に激痛がはしったので、すぐに予約して見てもらったところ、歯の根が割れているとのこと。親知らずの歯だったのでその場で抜かれてしまった。血の味のする脱脂綿を嚙みながら「先生、これでもう痛くなくなりますか?」と聞くと「痛みの原因の歯がなくなったからもう大丈夫ですよ」といわれ一安心。しかし、ほかの歯も調子がよくないので、またしばらく通わなければならなくなった。
それにしても歯が痛いときのあの悲しい気持ち。わかる人はきっとたくさんいると思うのだが、絵本でも虫歯に苦しんでいる仲間がいる。『ダチョウのくびはなぜながい』(ヴァーナ・アーダマ/作 マーシャ・ブラウン/絵 松岡享子/訳 冨山房 1996年)のワニ、『歯いしゃのチュー先生』(ウィリアム・スタイグ/作 絵 内海 まお/訳 評論社 1991年)のキツネ。みんな涙をぽろぽろと流している。今の私と同じ情けない顔。ふしぎなことに、どちらもちょっと悪いキャラクターだ。悪者は虫歯になっても仕方ないということか?
痛がりやの私は、できるだけ麻酔を打ってもらって治療をしているのだが、それでも耐え難いときは『レ・ミゼラブル』のファンティーヌを思い出すことにしている。彼女だって耐えていたではないか。しかも、娘のコゼットに仕送りをするために、健康な歯を二本も抜いて金貨を得たのである。パリでは昔、貧しい人たちの歯を金持ちの入れ歯にしていたそうだ。かわいそうなファンティーヌ。私は子どものためにそこまでやる自信はない。髪なら売ってもいいが。と、まあそんなふうに自分より過酷な人たちの人生に思いをはせながら、苦手な歯医者さんに行っている。
最近、大人や小学生たちに読み聞かせをする機会が立て続けにあった。選んだ本は『はははのはなし』(加古里子/ぶん・え 福音館書店)。1972年に出版されたむし歯がテーマの名作絵本だ。現代の子どもたちにも十分通用する本で、みんな食い入るように見てくれる。なにしろ、むし歯の進行具合の歯がすこしずつ黒くなっていく絵が、おそろしいことこのうえない。1週間のうちに3回も読んだので、だいぶこなれて読めるようになった。噛めば噛むほど、というが絵本も読めば読むほど自分のものになっていく。
『はははのはなし』は我が家の本棚に20年くらい前からあったはずの本だが、今になって活躍しだした。手放さずにいてよかった。私の歯医者通いも捨てたもんじゃない、と思うことにする。(真)
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