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連載エッセイ うごく・はこぶ 石川敬史

07 地域と歩く「金融店舗」

 「移動金融店舗車」をご存知であろうか。2トン車や3トン車のトラック,もしくはマイクロバスを改造した,いわゆる「動く銀行」である。この自動車は,「自動車の用途等の区分」においては「特種用途自動車」(8ナンバー車)に区分される。さらに,「「自動車の用途等の区分について(依命通達)」の細部取扱いについて」によると,この「動く銀行」は「特種用途自動車」78形状のうち,「事務室車」に規定されている。「金融移動店舗車」や「移動金融車」(オリックス株式会社:商標登録第5872451号),「移動銀行窓口車」などの名称もある。

 雑誌記事を調べると,すでに1998年7月にスルガ銀行(本店:静岡県沼津市)がATM(現金自動預け払い機)を積載したトラック「アクセスビークル」の巡回を開始したという。製造費約1億円のトラックの上部には衛星通信のアンテナが装備され,巡回先の利用状況を分析することで,常設型のATMを設置する最適な場所を選ぶ判断材料にもなっていた。現在は,行員も同乗し「動く銀行」としてローンや預金の相談も受け付けている。また2000年4月に巡回を開始した大垣共立銀行(本店:岐阜県大垣市)の「ひだ1号」は,全国初の移動店舗型の自動車という。

 現在は,静岡銀行(本店:静岡県静岡市)の「しずぎんクルリア」,常陽銀行(本店:茨城県水戸市)の「移動相談車」など数多くの「移動金融店舗車」が存在するが,近年は,もみじ銀行(本店:広島県広島市)による「カープV号」(2017年3月),山陰合同銀行(本店:島根県松江市)による「ごうぎん・こまち」(2017年4月),京都銀行(本店:京都府京都市)の「京銀「ながーい,おつきあい。」号」(2017年6月予定)などの相次ぐ巡回開始のニュースが目立つ。新聞報道などによるとJA(農業協同組合)も「移動金融店舗車」の巡回を始めているという。

 とにかくこの自動車が呼吸している姿をみたくなった。どのような言葉が利用者と交わされているのであろうか。「金融窓口」という少々堅苦しいイメージのある自動車が,どのように地域へ動いているのであろうか。とりわけ,最近新しく巡回を開始した「現場」の息づかいが気になった。どのような展望を抱き,どのように課題を克服しているのか。そこで今回,2016年11月から巡回を開始したJA利根沼田(本店:群馬県沼田市)の「金融移動店舗車」を見学させていただく機会を得た。

 群馬県沼田市は城下町として知られている。河岸段丘の台地に位置した崖城の沼田城は有名だ。この日,「金融移動店舗車」が巡回する根利地区は旧利根村に位置し(2005年沼田市に編入),かつては桐生方面とを結ぶ交通の要衝であった。JA利根沼田本店(沼田市街)から車で約40分,山深い県道62号線を走り続けると,本日最初の巡回地である「旧根利事業所」に到着した。ここはかつてJA利根沼田の根利事業所があった場所である。木造の旧事業所は現在も残され,建物内から電源ケーブルが「金融移動店舗車」に結ばれている。

 JA利根沼田が「金融移動店舗車」を開始した背景には,2011年からの店舗の統合(15支店から7支店)や地域の高齢化がある。現在(2017年5月)の巡回地は,旧根利事業所をはじめ,旧南郷事業所,旧川田支店,旧水上支店,旧池田支店の5ヶ所である。このうち旧川田支店が週1回の巡回(停車時間120分),この他が週2回の巡回(停車時間90分)であり,利用者数や支店からの距離,通信回線の状況,本店へ自動車が戻る時間などを考慮し巡回地を設定したという。巡回の体制は運転手1名と銀行業務を担うJAスタッフ2名である。

 倉見沢川と根利川の合流地点近くの旧根利事業所に到着すると,風が冷たく感じる。5月上旬であるが桜が満開だ。川の流れの音,釣り人の動き,そして県道62号線を走り抜けるバイクの音が時折気になる。山深い根利地区にゆったりとした時間が流れる。

 おはようございます。今日は寒いですね〜。

 10時頃,80歳は超えると思われるご高齢の女性2名が,近所の高齢男性が運転する車に同乗してやってきた。高齢の女性の来店が多く,前回の巡回は約15人もの利用があり道路に椅子を並べたほどであったという。しかし月初めのこの日は少ないのではないかとのこと。来店の目的は,現金の入金・出金,納税,振込みが多く,肥料や農薬などJAからの購買品の支払もあり,全般的に年金支払月や月末の利用が多いという。

 気になる「金融移動店舗車」の車内空間のうち半分はJAのスタッフの空間で,L字カウンターやシステム,プリンターなどの機器類が設置されている。利用者側には,待合室のように2-3名程度が着席できるソファや,カウンターに対面する椅子(固定)が設置されていた。もちろん空調も完備され,ソファの足元にも暖房の吹き出し口がある。この自動車は2トントラックワイド幅ロングボディ(いすゞ・エルフ)の改造車である。放送設備やガソリン発電機,アウトリガー,セキュリティ装置,さらには左右のミラーにもカメラも装備されている。入店には後方のゆるやかな階段を上る。もちろんスタッフ専用の入口も左前方にある。

 この日の根利地区での利用者は5名ほどであった。手際よく電源ケーブル等を撤収し,「金融移動店舗車」は次の巡回地である旧南郷事業所に向かう。15分ほどで到着したこの場所も,かつてのJA利根沼田の事業所であった。今は,シャッターを下ろしたコンクリートの建物にすぎないが,機械が撤去されたATMコーナー跡が印象に残る。この旧南郷事業所でお昼の休憩,そして13時から90分間業務を行うという。

 2016年10月27日に「金融移動店舗車」の開店式,そして11月1日に巡回開始したJA利根沼田。強盗防犯訓練も沼田警察署などを協力して実施したという。地域の特産品をデザインした自動車の外装もJA利根沼田のスタッフで検討されたものであり,この自動車の大きな期待を感じる。

 「現場」をみると,人口が減少し高齢世帯が大多数を占める山間部に,最新鋭の機器を装備した近代的な自動車が停車している。見かけ上は,地域全体の時間の流れからよそ者の自動車が侵入したと視えてしまう。しかし,元々事業所や支店があった地区であり,すでに住民や組合員とのつながりもあり,常設の建物である事業所や支店が定期巡回する自動車に「変貌」したといえよう。

 確かに「金融移動店舗車」の業務内容から,来店する方々には一人ひとり明確な利用目的が存在した。しかし,利用者が多い日には人が集い,「金融移動店舗車」へのさまざまな要望が寄せられ,とりわけ,パンや煎餅,漬物など物販への希望にどのように対応するか……。今後の展望とお話するJA利根沼田のスタッフのコトバに,巡回を開始してまだ半年の「金融移動店舗車」が,建物の店舗と異なり,地域とともに歩きながら「変貌」する可能性を感じた。

<謝辞>
 お忙しい中にも関わらず,「金融移動店舗車」の見学に快くご対応いただきましたJA利根沼田の皆様に感謝申し上げます。

<参考資料>
  • 梅澤重昭,山内秀夫監修『群馬県風土記』旺文社,1993.
  • 「中小金融に飛躍の好機」『日経ビジネス』966,1998.11,p.37-39.
  • 沼田市史編さん委員会編『沼田市史 通史編3 近現代』沼田市,2002.
  • 千葉明「銀行がマイクロバスでやってくる!:大垣共立銀行の移動店舗」『Forbes』15(7),2006.7,p.18-20.
  • オリックス自動車株式会社「金融機関向けに「移動店舗車」の販売を開始:災害時の臨時店舗として,また過疎地での営業に」2011.8.17.
    http://www.orix.co.jp/grp/news/2011/110817_AutoJ.html
  • 一之瀬裕一郎「農協による地方の生活インフラ維持:金融移動店舗車および診療所」『農林金融』2015.12,p.32-44.
  • 「「自動車の用途等の区分について(依命通達)」の細部取扱いについて」(国自整第410号平成28年3月22日)
    https://www.mlit.go.jp/jidosha/kensatoroku/kensa/kns07_2.htm
  • スルガ銀行「アクセスビークル」
    https://www.surugabank.co.jp/surugabank/kojin/tenpo/vehicle/
  • JA利根沼田 http://www.jatone.or.jp/
  • 静岡銀行,常陽銀行,もみじ銀行,山陰合同銀行,京都銀行のWebページ参照.

(2017年 6月)

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