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連載エッセイ うごく・はこぶ 石川敬史

31 不思議な「ラッキーカー」

 最近,移動図書館や「はたらく自動車」に関する取材が少しずつ増えてきた。これまでに東京の大手新聞社,地方の新聞社,各地の放送局,雑誌ライターの方など,さまざまな方々からの連絡があった。大変嬉しいことである。その中で,確か2018年10月頃であったであろうか,東海地方のある放送局のディレクターの方から,名古屋市内を走る移動図書館(自動車図書館)の利用状況について問い合わせがあった。

 名古屋市の今の移動図書館活動を視るには,その歴史をしっかりと辿らなければならないと思うなかで,ふと思い出した。かつて名古屋市の図書館では,名古屋市栄図書館が1956年に「巡回文庫1号車」の巡回を開始した以前,市立名古屋図書館(現・名古屋市鶴舞中央図書館)が読書週間行事において移動図書館を実施していたことである。

朝日新聞社の協力を得て,この年の11月17日から29日まで,宣伝カーに児童図書約200冊を載せ,市内の小学校24校を巡回した(p.55)。

 『名古屋市鶴舞中央図書館50年史』を紐解くと,このように記述されている。

戦災で焼失したまま再建のめどもたたない当時としては,細々ではあるが活動を続けつつある本館の存在を知らせようという意気込みだったのであろう(p.55)。

 続けて記述されているこの一文,さらには当時のバスの写真――バスの側面に「読書週間 移動図書館」と大きく書かれ紐で結ばれた大きな旗(布)――から,当時の図書館員と,この年史を執筆した担当者の思いが伝わる。この移動図書館は,2年間の中断ののち,1950年に「第2回移動図書館」として復活(14日間)し,以後,1961年まで続けられたという。当時,全国で行われた読書週間行事の一覧を整理した『読書週間全国行事一覧』の1954年版を辿っていくと,確かに名古屋市立鶴舞図書館において,「巡回文庫(十月二十七日-十一月八日 市内小学校他)」と記述されていた。
 こうした戦後期のみならず,さらに時代を遡って調べていくと,同館では1926年の読書週間行事において青年文庫を開始していることも,なんだか興味深い。

 さて,先ほどの「読書週間 移動図書館」と描かれたバスの写真をじっくり見つめると,車体の後部に「中部日本新」と,途中まで漢字を読み取ることができる。この移動図書館は朝日新聞社の協力を得て行われた,と先ほど紹介したが,写真をみると,どうもこのバスは中部日本新聞社のバスのようである。そこで,同社の記録を辿っていくと,興味深い活動を発見した。

現在中部日本新聞社は東京にピープル号,名古屋にミリオン号の二超短無線自動車をもち,・・・(略)・・・原稿送稿に,取材連絡に『動く編集局』として大きな働きをしている・・・(略)・・・(p.87)。

 これは1951年に刊行された『中部日本新聞十年史』からの記述である。この年史には続けて,吹き込んだニュースをこれら「ラジオカー」(もしくは「無線車」)の拡声装置から街頭放送も実施していたとある。1950年の歴史ではあるが,この「ラジオカー」の車名がおもしろい。一号車は「ぴいぷる号」,二号車は「みりおん号」――車名は全国から懸賞募集し,約2万通から審査したという。この自動車の存在によって,深夜に取材した原稿を直ちに電話送稿し,翌日の朝刊に掲載できることをはじめ,式典などにおいて電波を通じて記念通話(祝辞・答辞)を行った記録が残されている。
 さらに年史のページをめくっていくと,中部日本新聞社には,次のような自動車も存在した。

軽快なリズムを奏でつつ淡黄色のスマートな自動車が姿を現わすと,『中日のラッキーが来た』と,いまや中日ラッキーカーは中部地方の町や村のいたるところで人気者となっている(p.180)。

 なんと「ラッキーカー」という名の自動車を中部日本新聞社は所有していたのである。その導入は,一号車が1947年11月,二号車が1949年5月とのことであり,先述の「ラジオカー」よりも早いことがわかる。では,この「ラッキーカー」という名の自動車は,一体何をしていたのであろうか。

街頭における無料診察,無医村巡回無料診療,中日コドモ会,コドモ移動図書館,児童不良化防止運動,その他各種文化活動助成にも中日ラッキーカーは大きな役割を果たしつつある・・・(略)・・・(p.180)。

 とりわけ,震災や大火など被災地における活動として,負傷者の救護活動,官公庁の示達,食料物資の配給,銀行郵便局等の主要官庁の明示,時報などマイク(スピーカー)を通した速報,音楽の放送など,「何よりも先ず安心感,信頼感を与えるものであり,そして復興への激励となるもの」(p.181)であったという。この「ラッキーカー」の装備として,診療器具,担架,レントゲン,拡声機,レコードなどを常備し,非常事態の際には,名古屋大学付属病院の医療班や中日新聞社診療所員が出動できる体制を整えているという。例えば,長野県西筑摩郡上松町での大火(1950年5月)に出動し,負傷者の治療,尋ね人,通達事項の伝達などに活躍したという。

 「ラッキーカー」の具体的な巡回先,活動内容,自動車の写真をはじめ,いつごろまで続けられていたのか,などは不明である。各地に安心感と信頼感を運んだ「ラッキーカー」は,どのような経緯で製作されたのであろうか。どのような方々が運行に携わっていたのであろうか。まだまだ分からないことが多い。そして,なんだか不思議な自動車の歴史に私たちは惹きつけられる。
 ひょっとして,先の写真(「読書週間 移動図書館」と描かれたバス)は中部日本新聞社の「ラッキーカー」だったのであろうか。写真を良くみると,車体後部にデッキ(舞台)のような場所があり,2人の男性が写っている。車体上部にはスピーカーも装備されている。「ラッキーカー」――この自動車の魅力――さらに移動図書館の歴史を調べる意欲が高まった。

<謝辞>

 2015年の年末ではございましたが,中日新聞社史編さん室の大栗正彦様には,「ラッキーカー」についての資料調査にお力をいただきました。お礼が大変遅くなってしまい,大変失礼いたしました。多大なるご協力をいただきましたこと,深く感謝申し上げます。

<参考資料>
  • 名古屋市図書館「自動車図書館」 https://www.library.city.nagoya.jp/guide/jidosha.html
  • 中部日本新聞社編『中部日本新聞十年史』1951
  • 名古屋市鶴舞図書館編『名古屋市鶴舞図書館37年略譜:1915-1952』1952
  • 読書週間実行委員会編『1954年読書週間全国行事一覧』1954
  • 名古屋市鶴舞図書館編『名古屋市鶴舞図書館四十年史』1963
  • 名古屋市栄図書館編『名古屋市栄図書館40年誌』1965
  • 名古屋市西図書館編『名古屋市巡回文庫11年の歩み』1967
  • 名古屋市鶴舞中央図書館編『名古屋市鶴舞中央図書館50年史』1974
  • 名古屋市西図書館編『西図書館50年誌』1975
  • 黒岩弘之「『巡回文庫』から『自動車図書館』へ」『みんなの図書館』106,1986.3,p.20-23

(2019年4月)

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